制作過程

今回は第39回元陽展(H20.10.5〜10.14)  東京都美術館(上野公園)への出品作品の制作です。
仕上げは9月15日までは完成させたいものです。
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サインもいれ完成です。

部分拡大(シェルマチェール)

全体(一応イメージどおり)

B次に外周をローシェンナで、その内側をローアンバーを塗ります。
ここまではアクリルカラーを使いました。中央はハイライトのため、ホワイトで残しておくことにしました。(08.5.31)

今年の夏は暑すぎました。途中何度か上塗りし、マチェールをつくり、8月24日(日)の研修会で、U先生から助言をいただきました。
 ・ガマの冷たいところや明暗があれば
 ・外側のイエローオーカーはいかにも香月泰男さんを真似ている
 ・額縁も黒のマット状がよい

これを受けて描き直したのが次の絵です。いよいよ最終段階です。今日は天気がよかったので、近くの公園で制作しました。(08.9.5)


               

      ↑ほぼ完成の中心部、                            ↑ヨコ脇にも丁寧に黒(マット)で塗ります。

この絵はさらに「第39回元陽展広島会場」にも出展しました。
広島会場展」は地元誌の中国新聞にも取り上げられ、大変な反響でした。

『「追悼・沖縄健児」は、洞窟に浮かぶ無数の顔が戦争の悲惨さを無言で訴えかける』と評されました。
事実、会期中に、この絵の前で、「子供たちが可哀想」涙を流された方もいらっしゃいました。またある方は『暗い洞窟の中から、外も暗いけれど、それでも洞窟からは自由な空を求めているような感じがする。』 とも評していただきました。

新聞記者や文筆家は「文字」で、政治家やキャスターは「言葉」で、絵描きは「絵」で自分を表現する。
私の意図した、「先の戦争から何を学ぶか」について、見事に理解していただいた方に感謝申し上げます。
きれいな絵でなく、こんな絵でも人を感動させることがだきたことは、画家として本望です。画家をやっていて良かった。これからも絵を通じて、「非戦」を訴え続けていきます。(嬉しくて08,12.12に追記しました。)


またまた大阪巡回展を見られた方からお便りをいただきました。ありがとうございました。('09.2.7受領)
「私はあの絵の前で足がすくんでしまいました。広島の原爆の後始末に行った兵隊の内の一人が父で原爆の翌日などはとてもひどいものでと……。
子供だった私達に夏になると話してくれましたが、私達子供は悲しくも恐ろしくもある、又あった話と重なり合って絵の前で涙がこぼれました。思わず合掌していました。娘と一緒でしたが、お祖父ちゃんの話の中にいるみたいだと口にしておりました。」(大阪府M.C様からのお便り/前後は割愛しています/'09.2.15追記)

いよいよ本日(9月15日)は広島から東京都美術館へ搬送の日です。完成です。
「第39回元陽展」は10月5日(日)〜14日(火)まで、東京都美術館(上野公園)で開催されます。
この絵を見ていただき、沖縄高等師範学校の学生の気持ちを汲んでいただけたら、本懐です。(08.9.18)

@まず、大作100号ですので、エスキースなしでは難しいと思い、10号でエスキースを作ってみしました。
  中央部の人影は入れるか入れないかまだ決まっていません。(08.5.17 )

Dまたまた久しぶりにこの作品に向き合いました。
今回はこの間にグループ「集」出品用にF50号に同じモチーフで描きました。
いわばこれもエスキースと思い、こちらはアクリルで最期まで仕上げました。この時期、温度が30度を超えていますので、乾燥は速い、速い描いているそばから乾燥します。
さて、本題の方エスキースを参考に色を塗り重ねました。
今度は、アイボリーブラック、ジンクホワイト、ローシェンナ、インディゴの4色しか使いません。
オイルはマットペインティングオイル、オドレスペトロールを使い、筆は100円ショップの豚毛刷毛、パレットはこれも100円ショップのアルミ皿です。


今回のテーマは「非戦」です。先の太平洋戦争はしなくても済んだはずです。広島・長崎をはじめ、沖縄や日本各地で非戦闘員が亡くなっています。本当に戦争に必然性があったのでしょうか。
 特に沖縄では、少年が多く犠牲になっています。対アメリカ軍に対してガマにたてこもり、軍の後方支援をしていました。「皇民化教育」のなせることでしょうか。
 有名なのは「ひめゆり部隊(第一高女)」で、これは小説・映画・ドラマで有名になっています。同じような行動をした「白梅」部隊(第二高女)」や「沖縄健児(沖縄高等師範)」の碑は私が行った時はひっそりと静まり返っていました。
彼らがこのガマの中で何を考え、どう行動したか、無常の感があります。
これをが絵で表現できたらと思い、非戦を願いつつ描き続けます。


画題「追悼・沖縄健児」  (F100号)

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昨日も天気がよかったので、やはり同じ公園で額縁の色を塗りました。
「額にいれて絵は完成だから」と(故谷口勝司先生)の言葉から、額選びには慎重です。
十数年まえから、ヨコ脇にも描いていますので、額縁も手作りです。
一昨年までは自宅で作っていたのですが、マンションなので、金槌や鋸の音を出すまいとして。今回からは、約6q離れた、ホームセンターまで行って作りました。
 まず1800×900×5.5ミリのラワンベニアを13センチに4枚切ってもらいました。そしてSPF材(1800×30×40)を買い、ボンドとベニア板とをくっつけ、長さをミリ単位で調節し、最後は押し切りで45度にカットします。
家に持ち帰り、家の前の公園でアクリルを2度塗りして、完成です。(08.9.6)

また厚みをだすため、シェルマチエールも少し使いました。ちから強さを表現するため、キャンバスに筆でねじ込むようなタッチで描いたところ、筆が一回でぽろぽろになりました。(08.7.10)

C久しぶりにこの作品に向き合いました。特に意味は無いのですが、グループ展「元陽三人展」やその他もろもろがあり、ついつい後回しになりました。
 今回はおもに朱色系を下塗りに使いました。(08.6.17)

またしばらくベランダで乾燥させます。

途中パレットにあまった色々な色を置いています。いづれほとんど見えなくなりますが、岩の厚みを出すため必要です。

A100号の下塗りをします。まず、ホワイトジェッソLで全体を丁寧に塗ります。
マンションなので家の中では描けません。マンションすぐ前の公園で描きました。
ホワイトって結構、虫が寄ってきますね。さくらや大根に代表されるように白色は虫が好きなようです。
9月7日(日)、研修会があり、U先生から助言がありました。
「中央部の白い部分が黒い部分より前にある。まるで黒い夜空に富士山があるようだ」
言われてみればそんな感じがしてきて、すく゜家に帰って塗りなおしました。
山頂部?を暗くし暗くし、ガマは香月泰男先生ばりに木炭を塗り込んだり、してようやく完成しました。
あとは乾かして、額にいれるだけです。(08.9.7)