梅雨寒や 炬燵布団の 端めくり 今日ひとつ 明日また開く 花あやめ
子つばめは 空泳ぎつつ 口移し 逝きし人 手塩にかけし 玉葱(ねぎ)熟れる
麦焼きの 月想いけり 雲はなし 河鹿鳴く 我が里の朝 瀬の速く
神輿(こし)の下 くぐりて安堵  夏祭り 鮎解けて 他県ナンバー ちらほらと
手をかざし 転作田の 茄子の花 半夏雨 揚子(ようず)の江(うみ)に 似たりけり
水無月や 峰にもや置く 鍋の山 アジア博 入道雲や 人の波
空は水 水は空観て みじかき夜 文殊堂 夏草にらむ 仁王像
熱帯夜 耳に喰い込む 振り子の音 厄日過ぎ 鳥追いテープ 天高し
ひ塩味噌 茗荷の香り 天高し 佛飯の 流し場なし 送り盆
今年こそと 思いしコシも 穂ばらみ期 年毎の 虫除け神札(ふだ)や 夏祭り
寄り添いて 電線確かと 秋つばめ 秋の宵 梢を確かと 鷺(さぎ)眠る
秋の庭 ひとつひとつの 石の顔 種子採りて 向日葵日記 終わりけり
辣韮(らっきょう)の 酢の塩配は 親ゆずり 亡き父の 衣捨てがたし 更衣(ころもがえ)

西村冬扇は定年退職後、農業のかたわら、俳句を詠んでいました。
いくつかの受賞歴もありますが、「私の好きな句」を中心に配してみます。
1回目(H21.5) 2回目(H21.9)
3回目(H22.2)掲載
なお著作権は本人に帰属しますので、無断転載はお断りいたします。
                               (選者 西村不可止)

早苗の穂を 捧げて含む 神酒(みき)の味
盆栽の 松引越しや 暮れの雪
秋桜
(コスモス)に 埋もれて 翁独り住む

埋れ火の 如く病で父 寒の雨        父(ふ)恩重し 遺骨の軽き 冬の雨

冬扇の父は平成2年1月に亡くなっています。その後何年後に詠んだかは分かりませんが、そのころから勉強していたのでしょう。この頃は「中山」と称していました。

山間の集落の一番奥にある自宅では、昔は結構涼しくクーラーなど必要はありませんでしたが、今ではエアコンが必需品です。写真は精霊トンボといって晩夏の水際で良く見かけたものでした
その中で、鉛筆一本+手帳ひとつで感じたことを書きとめていました。

九十九坂 どこ曲がりても 葛の花 合掌を 解く指先に 赤蜻蛉(あかとんぼ)
新涼の 祝詞(のりと),に託す 風鎮(しず)め 鞍懸けの 松をしのびて 秋深し
柿もぎて 進み勝なる 腹時計 病む父の 襟をそろえる 小春かな
じっくりと 句を練り直す 秋の夜 新米の 光まばゆし 塩むすび
白菜(しらな)獲り おとこ腰より 老ゆるかな 落ち葉かく 翁の作務衣 色あせし
木枯らしに はらわた映す 石榴かな 切れ長の 目のお地蔵に 落ち葉舞う 
綱引きの 綱の尻尾が 落ち葉かく 名水に もみじ映せし 寂地峡
冬の海 牙むき出し 波を呑む 年忘れ 喜きも悪きも 掃き捨てて
鈴虫や 老いの早寝の 目覚めかな 菊焚いて その香のまくと 懐かしく
親と子の 衣装較べの 七五三(しめ)祝い 錆鮎の 落ちて川頼の 音繁し
村おこし こたつ囲みて 味自慢 切り炬燵 ふたかど空いた 核家族
宮の森 闇押し開き 初詣 金網の 中の猿にも 小正月
冬木にも 影と云うもの ありにけり 吊るし柿 種子ふき出して 日向ぼこ
柚子湯浴み あの頃のこと 今日のこと 癒ゆる当て なき父が聞く 除夜の鐘 
正月も 淋しくあろう 喪の標(しるし) 木枯らしや 妻の薬の 大袋
じゃれ犬が 足にまつわる 師走かな 三が日 男神事の 味濃いし
髪染めて 妻が向かえる 初鏡 牡丹雪 墨の法衣に 香ゆれる
口説かれて 男着物の 松の内 初雪や けものの足跡 当て競べ

その長い冬が開けると、今度は水ぬるみ池の鯉は一段活発に捕食にはいります。また山々は新芽で山が笑います。
その中で、鉛筆一本+手帳ひとつで感じたことを書きとめていました。

次世紀の 夢るらる 木の芽風 啓蟄も 覗き見する 四温かな
薫風が 窓駆け抜ける 紫福園 郭公(かっこう)の声 聞く昼食 滝の里
過ぎし世の タタラの道や 河鹿鳴く 人まばら ふれあい市場 竹の秋
牛と杖で 温もり継ぐ 初夏の駅 掌の 畑に立てば 夏来る
一箭より 二煎の味の 新茶かな 啓蟄や 逃げるが然り 敵来る
功ならず 職退いて 掃く椿花(つばき) しろ魚や 四つ手の中の 萩の顔
新採用 前髪匂ふ 若つばめ 口すすぐ 日毎春めく 歯科の椅子

山陰の寒村の冬は一段と厳しいものがあります。
その中で、鉛筆一本+手帳ひとつで書きとめていました

乱心の ごとき酷暑の 蝶が舞う
古希迎え 後(あと)幾慶びの 涙落とし

秋は柿や栗、あけび等々、稲の取入れが終わり、刈り取った株から二番穂がでるころ、野山は冬を迎える準備をはじめます。
その中で、鉛筆一本+手帳ひとつで感じたことを書きとめていまし
た。

初釜や 若き匠の 焔が猛る

おそらく、近所に住まれている萩焼の若き職人の情熱あふれる仕事ぶりに見とれて詠んだ句ではないでしょうか。

動くとも 思へぬ農婦 早苗もち
わさ植えや 夕食の早く 湯の香り