第46回元陽展出品作品(F100号)の制作過程

四辺で出来たところで次は組立てです。
アクリル板で自作した直角三角定規をあて正確に合わせ、ミニビス(25mm)で留めていきます。
裏からは蝶番で固定します。

6月16日(火) 二回目着彩
 全体を二回目の着彩。地色が出ているところがないように塗り上げる。
赤系は透明度が高いチャイニーズレッド、青系はウルトラマリンディープ、で明るさを保つ。肌はジョンブリアン、土はイエローオーカ―をベースに同系色を混色している。写真を見て描いたせいか動き(ムーブメント)欠ける。写真は点の集まり、絵はタッチの繰り返しと思う(写真4↓)

袋張りはホントに難しい。角にしわができやすい。裏から霧吹き、濡れタオルで再度調整してみる(写真5↓)
邪魔にならない範囲でマンションの通路で乾燥

今年のテーマは子どもたちの希望です。昨年2月に近くの大州小学校へ「平和・希望・カンナ」(第44回元陽展)の絵を寄贈した。これがご縁で小学校の卒業式、入学式、体育祭などの学校行事に参加するようになった。

 その中で昨年の体育祭で演じられたのがこの「Make the Future」だ。「カンナプロジェクト」の理念を表現した動きのあるマスゲームだ。5.・6年生約60人が炎天下で演じてくれた。

約26年前に(故)谷口勝司支部長から言われた言葉
「絵は額に入れて完成だから」

額選びに失敗するなとのことだと思っています。

この絵は「第46回元陽展」の出品作品です。
平成27年10月30日(金)~11月6日(土)まで東京都美術館(上野公園内)で展示します。
(11/2は休館)

広島巡回展 平成27年12月1日(火)~12月6日(日 広島県立美術館(中区幟町)

大阪巡回展 平成28年1月13日(水)~1月17日(日) 大阪市立美術館(天王寺公園内)


沢山のご来場を心からお待ち申し上げます。

額は先週近くのホームセンターで木材を買って作りました。気が付いたことと言えばコンパネに5mmがなく、4mmと5.5mmでした。今回は5.5mmを購入しました。
縁は今までは24mm×45mmの白松材でしたが、今回は18mm×45mmの杉材にしました。杉材のなんと柔らかいこと。2か所にノコの歯があたり欠けましたのでパテで修復し、黒(マット)のアクリルを塗って、#60のサンドペーパー掛けです。これを3回繰り返します。

私のサインと額装

やはり遠くから見るのも必要です。なにせ私のアトリエでは1.5mしか離れられません。
 それと、複数の眼でみるといろいろと出てきます。それぞれの主観ですから。 でも自分の主張したいところはそのままにしておきます。どう直すかは私が決めます。

8月19日(水) ほぼ完成
 今年の夏はひどく暑かった。そのせいかキャンバスに向かう時間が少なくなったきた。
 子どもたちの背中のプリント「希望を届ける」、「大州小カンナロードプロジェクト」
の文字をホワイトとピュアレッドの混色で書き込む。
 影はコバルトブルーで一度おつゆ描き、乾燥後今度はローアンバーでおつゆ描き、
いい具合に表現できた
 今週くらいから、朝晩は多少涼しい風がふく。
 広島からは10月11日なのでもう少し調子を整える予定だ。

6月24日(水) 一応構図は完成
 背景も描き足した。右に原爆ドームと被爆後40日には咲いていたといわれる赤いカンナ。中央には夜明けを連想させる朝焼け(カーマインレッド)、左には平和な未来(ハイドレンジャーブルーにグリーンペール)を。
しまったドームの幅が小さい。カンナの位置をさらに右に置きたい。

 写真に撮るとコントラストが強くなり、塗りが浅いところがよく分かる。まだまだ時間があるので塗り重ねをしていく。
あと動きがまだ出てないのでデフォルメするか、荒々しいタッチにするか。描きながら考える。(写真6→)

 70年前に落とされた一発の原子爆弾は広島を一瞬の間に焦土とした。
70年間は草木も生えないだろうと言われていたこの土地でカンナは奇跡的に40日後には真っ赤な花を咲かせていた。
 この花に希望をもらった市民は奇跡の復興を成し遂げたのだ。

大州小学校も2011年からカンナ親善大使として、カンナを育てている。2013年には学校からマツダスタジアムまでの道路の両側にカンナを植える「カンナロードプロジェクト」がスタートした。カンナのそばには平和への希望のメッセージを子供たちが一人ひとり書いている。
 この子達を平和を守るためとはいえ、戦場に行かせたくない。憲法九条を読み直しながらそんな気持ちで描きます。

6月11日(水) 初期着彩
 全体に色を置いてみた。色の比率、特に背景はその絵を表現する大事な要素だ。
背景の一番右には原爆ドームとカンナで70年前、中央にはカーマインで今日の夜明け、
左は平和な未来をブルー、グリーンでそこにカンナを置くかはおいおい考えていく。
左下も未定、少しマゼンダ系の色が欲しい。(写真3→)

(仮題)

後は額にはめるだけです。ただキャンバスと額を留めるには裏からのビス打ちが必要なため、指先の感覚だけで位置取りします。今回は6本のビスで額とチャンバスを留めています。あとは吊り金具を取り付けて完了。

サインは一番緊張します。目立ちすぎず、かといって存在感も出したいし。
私の場合、サインは1990年から漢字でしています。友人から「不可止」の名前が珍しいので「fukashi」と一字ずつ音で読むより、表意文字の漢字がよい。と勧められ、私も納得したからです。それ以来25年間漢字でサインしています。
 当然漢字ですから筆も毛筆用小筆を熊野町まで行って買ってきました。計三度買い換えましたが、不思議なことにだんだん高価なものになってしまいます。
 さらに2年前からは草書体でしています。今までは楷書体でした。これはある有名な書家さんにデザインしていただいたものです。

9月17日(木) 完成
 8月23日の研修会を踏まえて多少変更しました。
 1)ドームは描き直した上、インディコ゜でグレーズ目立たなくしました。
 2)左端の子供の腕だけにした。
 3)髪の毛の色も茶髪の子供も描き込んだ。
 4)子供のズボンは再度描き直し、しわの部分を誇張気味に
 5)右上のカンナは原爆投下後40日目には咲いていたカンナ。今回の象徴だ。むしろ強調している。
 6)そうじて子供の足を大きくした。
ここまで来ると私の場合グレーズ技法を多用します。色に透明感や、深い色になります。薄く塗っては拭き、薄く塗っては拭き、の繰り返しです。これは(故)山田鐵郎先生からの教えです。

8月23日(日) 研修会に持込み
 いろいろと注文がでました。
 1)右上「原爆ドーム」はもう少し本物らしく。→→ドームを詳しくは描かない。描くのは子供たちの希望の意
 2)左端の子供はいらない。→→一番最初は描いていなかった。少しだけ残す。
 3)髪の毛の色が全員同じ。→→既に違えているのだがもう少し分かりやすくしよう。
 4)下にいる子供のズボンが皆同じにみえる。→ブルーの色違い、インディゴ、ウルトラマリン、フタロシアン
 5)右上のカンナは不要→→原爆投下後40日目には咲いていたカンナ。今回の象徴だ。
 6)そうじて子供の足が小さい。→→おっしゃられる通り。
 7)右上「原爆ドーム」の位置が高い。→もう少しは低くしよう。1)と合わせて

 

7月9日(木) 塗り重ね中
 大まかな構図はこれでよし、子供たちの手、特に足を何度も塗り重ねている。
 ズボンも鮮やか度を少し落とした。前の色はウルトラマリンディープで今度はインディゴにホワイトを混ぜて塗り重ねた。中央の背中の子供と左隣の子供の赤はいい色(カドミウムレッドミディアム)が出せた。深い赤色にはペリレンレッド(廃番品)を用いている

ドームの幅は修正した。
まだまだ時間があるので塗り重ねていく。

両端の空いているスペースにダイインしている子供を描いたが、やはり消すことにした。
完全乾燥したらグレーズして再度進める予定

6月10日(水) デッサン
 デッサンもできたようだし、子ども部分をサンドペーパー#60で少し平らにする。
ジェッソLは背景には良いが人物はやや平滑な方が描きやすい。

6月8日(月) キャンバス張り
 当地は梅雨入りしています。本日は午後から雨、絶好のキャンバス張り日和だ。しっとりと水分を含ませ、袋張りしていく。
 本日のうちにジェッソLで下地づくり(写真1→)

6月9日(火) 下地づくりからデッサンまで
 朝からキャンバスへデッサンをする。写真を見ながらのデッサンはなかなか難しい。とくに動きが表現しづらい。
鉛筆デッサンが終わると、フィキサチーフでとめ、イエローオーカーで修正しながら形どっていく。(写真1→)

午後は4時くらいから外出し、途中、美術館により千住博京都造形大学教授の講座をサテライトで聞きに行く。
タイトルは『日本の美、世界の美』でしっかり2時間講演された。
「芸術とは平和創造の知恵、異質の調和のながで仲良くなる知恵」  との示唆を得た。
まさにこの絵の表現したいところだ。これで一段とやる気が出てきた。